さいきん

・synthmasterのおすすめプリセット

synthmasterのいいプリセットを見つけてしまった。それがこれ。

soundcloud.com

 

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LED Crysalis ARKというという名前だ。

アニソン風の曲でサビ前にアルペジオで入れるといいと思った。以上。

 

・ホストをめった刺しにする女

headlines.yahoo.co.jp

 

刺された男性のそばで座り込み煙草を指に挟んで電話をかけている容疑者女性の写真を見た。女性は眼鏡をかけている。そして血まみれになりながら目を伏せて電話をかけている。僕はこの人の顔を見て声優の上坂すみれに似ているなと思った。なんだか穏やかな顔だ。場所はマンションのエントランスなのにお風呂でくつろいでいる時の人の顔みたいだなと思った。

彼女は誰に電話をかけているのか。親か、女友達か別の男か。まあ多分救急ではないだろう。

写真には警官も写っている。一人は彼女の正面にしゃがみこんで彼女に話しかけている様子だ。もう一方の警官は写真の端に見切れていて、カメラに背中をむけ警棒を持って彼女の方を向いている。

警官は現場が血まみれで人が一人倒れているくらいでは取り乱さない。テレビで見る警官と同様だ。彼らの内心はどうなのだろうか。でもこれくらいでびくびくするようでは上司にいびり殺されるのが警官なのだろう。

警官は何を女性に話しかけているのか。多分、やけに優しい口調で「お姉さん、どうしたの?なんかあったの?」とか白々しいことを聞いているのだろう。でも実際それくらいしか聞くことなんてない。聞かなきゃわかんないし。

もう一方の警官はその背中で何を語っているか。多分、来るんならいつでも来いやという感じで警棒を持ってスタンバっているのだろう。内心はドキドキだ。

女性の方に話を戻す。

女性はナイトウェアっぽい黒いシャツを着ている。下は何も身に着けていないようだ。下着もないのかもしれない。刺された男性も裸だ。一緒にベッドにいたところを刺したんだろうな。大きめのクロックスとは対照的に彼女の足は細い。そこが個人的にかなり目を引く。おぉ...。

と、このようにこの写真は色々なことを空想させてくれる。

スマホが普及してこういった衝撃写真がネットで拡散されるようになってぼくは嬉しく思っている。真実が知れるということはそれだけで価値があると思うからだ。だから事故の写真や飛び降りの写真が出回っても、最近の奴のモラルはとか言っていちいちぼくは憤慨したりしない。もっと世界の汚いところが見たいのだ(暗黒微笑)。

写真家のヴィヴィアンマイヤーの映画を見たのだけど、この写真家は自分が面倒を見ている子供が事故にあっても助けようともせず、倒れた子供の写真を撮り続けていたようだ(実際の写真と映像も残っている)。またヴィヴィアンは、新聞に載っているグロテスクで悲惨なニュース記事を切り抜いて保管しては、I told you so.(ほら、やっぱりね)と言っていたとも映画では語られていた。

多分、彼女は人間の負の側面に真実を見ていたのだろう。あるいはあまりに欺瞞的に幸福や公正を唱える大多数の人々への反発心があったのかも知れない。

とにかくぼくもそんな感じの中二病なので、人なんて助けずに写真を撮っている人がいても全く構わないし、むしろありがたいくらいに思っている次第だ。

こういうことを言うとたいていの馬鹿は自分や家族が悲惨な目にあった挙句写真に撮られたら不愉快ではないのかなどと妄言を吐いてくるがどうでもいい。

こういう質問は肯定か否定をした時点で相手が勝つようにできている偽善者お得意の姑息な手段でしかない。ばーかばーか。

 

・僕の声は一定の人に聞きづらいようだということについて

この間聴覚障害の子と話した。割とほかの人はその子と普通にコミュニケーションができているのだけど、ぼくの声はあまり聞き取れていなかったようだ。こういったことは他にもあって、例えば祖父の場合もそうだ。母や叔母が話しかけると祖父は普通に答えるのに僕の言っていることにはポカーンとしていることが多い。

例としてある聴覚障害者と約90歳の老人をあげたけど、こういう人たちって自分の中で聞く態勢みたいなのが整っていないとしっかり聞こえないのだろうか。もしかしたら祖父は僕が話すのを聞いて、急に置いてあるポットが話しだしたぞくらいに思ってポカーンとしているのかもしれない。

なんとなく思うのは声の聞きやすさや聞こえやすさより、聞く側の理解力に問題があるのかもというところだ。聴覚障害の子と祖父も共通して理解力が一般より劣っているようにぼくは感じた。彼らって自分の想定外のことだとそれが耳に入っても頭の中で処理できていないのじゃないか。そんな気がする。彼らは接する人との普段関係性も理解の端緒として重視しているのかもしれない。この人は自分をいつも気にかけてくれる人とか、わからないことを教えてくれる人といった風に関係にラベルを貼って。老人があの人の言うことだけは聞くみたいなのも多分、話す側が相手のその想定外を崩すための関係性を少しずつ築いているからなのだろう。

こういうのは日々の関係性が重要なのだという話。

 

・電車で席を譲る

この間譲った。一回目はいいですと断られた。二回目は相手も受け入れたのでちゃんと席を立った。別に断られてもいいのだけれど、老人は率先して席に座る義務があるとぼくは思う。老人が立っているとぼくのような繊細な男は、ああっ!ババアが立ってる!譲らないと日本人って本当に冷たいとかネットに書かれちゃうしもうどうしよう!!みたいな妙に焦った気持ちになるからだ。そういうときってホントに一人で気まずくなっているので、ぼくはそれから逃れたい一心で声をかけて座ってくれと言いに行くことにしている。断られてもまあ、一応義務は果たしたぜみたいな気持ちになって少し気まずさや恐怖から解放されるのだ。こういう思いをする人間に老人は配慮しろと言いたい。だから少しでも席に隙間があれば老人はガンガン座れ。

まあぼくが座らずに常に立ってればいいんだけどね。でもまれに座るときに限ってこうやってめんどくさい気持ちになるんだよな。

 

・駅でゲロを吐きまくった

就労支援に行った帰り道かなり気持ち悪くなった。前日に飲んだ酒のせいなのは明白だった。2回途中下車しトイレに駆け込み吐いた。家までの道のりがとても長く感じられた。こんなに吐いたのは久しぶりかもしれない。

それにしてもなぜ二日酔いは時間差で現れるのだろうか。朝平気だったものが突然昼に牙を向くのだ。センターで吐かなくてよかった。

 

発達障害なのか双極性障害なのかわからない人

就労支援にいくといろんな障害者がいる。基本的にぼくの天敵は声がでかい奴と空気の読めないことを言い続けている奴だ。でもこういう人も何らかの障害があってこうなんだからしょうがないよなという気持ちはなくもないので上にあげたタイプの人のことを少しは理解しようと思って彼らはなんの障害があるのだろうかといつも考えるのだけどそんなことは実際わかるわけはない。

自称双極性障害でもぼくには強烈な発達障害に見えることもある。たとえば、その場にそぐわない質問にこだわり続ける人などがいるが彼は躁状態なのだろうか。彼の独善的な態度は躁っぽいが空気の読めなさというか自分の環境をわきまえていない感じは発達障害っぽい。どっちだからって大きく何かが変わるわけではないが、こうしてぼくなりのレッテルを張ることで少し溜飲が下がるというか嫌な人への理解が深まる気がするのだ。

斎藤環がどこかで言っていたけど、女だから、男だから、若者だから...ああするんだこうするんだみたいに言うことってあるけど、これも一種の理解といえるらしい。最近の風潮って個性を尊重しだしてこういう言い方を忌避していると思うんだけど、この手の考え方をしない人ってどうやって自分がわからないものを受け入れているんだろうか。

ありのままを受け入れるの?マインドフルネス的な。

ぼくはこういうある種のレッテル張りが、物事を知るための端緒として有効な方法の一つだと思っている。たしかにゆとり世代はとか昭和世代はとか言うとミクロな視点で見ればそのレッテルにそぐわない人が当然居て彼らはその決めつけを不愉快に思うだろうけど、いちいち個々人のことを丸々理解して受け入れていくなんて理想論過ぎてぼくには無理。

そういうわけでぼくはいつも心の中で、こいつは女だからとか金持ちだからとかレッテルを張って相手を許そうとなるべく努めています。

情けないなぁ...

ヌーハラ

ヌーハラとはヌードルハラスメントのことだ。

麺類をすする音を不快に感じる人たちが国内外問わずいることから、このヌードルハラスメント(直訳:麺嫌がらせ)という概念が生まれたようだ。

このヌーハラの存在を支持する人の中には当然ヌーハラをやめるべきだと主張する人もいる。

麺をすすって食べる日本人である僕はどうすべきだろうか。

三分ほど考えた結果、人前ですするのをやめることにした。

理由は、

少数派の意見を無視して切り捨てるような暴力的対応をせずにできる限りの配慮をなすのが現代人としてのあるべき姿と考えたからだ。

僕は多少すすって麺を食べたい。しかし嫌な人がいれば我慢しよう。すすらなくても食べることはもちろん不可能ではないのだから。

譲れるところは譲ればいいといいうわけだ。

まあ、つまりは罪悪感が僕にハラスメントを認識させたのだ。

 

と、ここまで来て僕はイライラしてくる(唐突)。

なぜかというと、

僕はアンタたちのために我慢するけど、アンタたちは僕のために何を我慢してくれるの?という気持ちが湧き上がってくるからだ。

 

さあ、ここからが本題だ。

 

僕はこういう被害者意識みたいなものが強い人間だ。

 

なぜいつも俺だけが我慢しなきゃいけないんだ?俺だって不満は人一倍ある。今日も自分の心を殺して人に譲った。言いたいことも言わなかった。オノヨーコ流に言えば心が死んだ。何回も。

俺もうるさい音はたまらなく嫌だ。しかし、なんにでも文句をつけ、配慮を求める奴とは違って嫌なことがあればできるだけ自分で対処している。例えばうるさければイヤホンをつけて耳を塞ぐし、できるだけ自分から騒がしいところに行かないようにもしている。だのになんだ、咀嚼音や麺すすりだのショボイ音にケチ付けてる軟弱野郎は。我が物顔で権利主張なんかして人の自由を奪いやがって!

 

と、こういう思考が即座に浮かんでくるんですよ。

 

でもこの僕の怒りみたいなのって完全に妬みであって嫉妬そのものなんですよね。

我慢している事があるんなら、自分だってそれを訴えればいいんですよ。別に少数派だからって遠慮する必要は無いし、むしろ声を上げない事で今後少数派の人々全体の権利そのものがないがしろにされていく恐れだってあるんですから。

ここで怒るのはお門違いなんですよ。

 

ただ、訴えて主張が通るかどうかは別。そのためには他人を引き止める力があって説得力のある論理を組み立てなければならないといえるでしょう。

 

しかし、快・不快という問題をどう他人に訴えればいいのか。

多分、嫌なんだという気持ちを必死で訴えるのが一番でしょう。

マナーがどうとか文化がどうとか、そんなのは個々人が勝手にどこかで歴史を細切れにしただけで大して意味は無いのです。

やっぱり感情に訴えなきゃいけない。たいした論理は要らない。泣いてもいい、怒ってもいい。少しでも相手をたじろがせればいいのだ。

 

あぁ、なんて面倒で品が無くて情けないんだろう。僕はこんなことをしたくない。こういう主張をしてきた奴らもこの目で見てきたが、本当に彼らはズルくて汚くてイヤな奴に思えた。

 

イライラ…

 

では、ここでもなぜ僕がこのように感じるかということを考えたい。

結論を言えば、それは僕が相手の意見を受け止め、話し合い、その意見の一部を新たな形に組み込むといったコミュニケーションが図れないためだと言える。

つまりコミュ力不足。

結局これに還元される。

コミュニケーションが怖いから、主張の全てを切り捨てる。怖いから自分で全部何とかする。あるいは、何も言わずに全てを受け入れる。我慢する。

 

だから毎回イラつくんだろうな。

でもこういうコミュニケーションって、仕事とかある種の治療とかっていう特別な構造の上でなら何とかできる事かもしれないけど、なかなか日常生活では難しいんだよね。

めんどくさ。

 

まあ、とりあえず今日は自分のイライラの原因の一端がわかった気がして良かった。

 

というわけで麺すすりヘイター達よ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に何も無い。

kinkyo

近況をkinkyoとローマ字で書くとkinky(変態)に見える。

最近1ついい事があった。


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音源配信サイトのオーディオストックで自作音源の販売が開始された。

一応販売にはラインスタンプみたいに審査がいる。僕は5曲提出して4曲通ってた。通らなかった1曲はクオリティ不足が審査落ちの理由だった。プライドの高い僕としてはそれを少し恥ずかしく思っている。割と気に入ってた曲なので悔しさもある。残念だ。

このサイトで買った音源はロイヤリティフリーで主にBGMや効果音として自由に使用できる。つまりSpotifyapple musicとは違って聴いて楽しむ用ではなく、「使う」用の音源がこのサイトでは扱われている。

だから1曲は普通の聴く用の楽曲より高い。1曲3240円くらいする。そこから作成者の取り分が最初は40%。ピンハネならぬローハネだ。

僕は今敢えて安く2000円とか1000円で売っているので。売れてもそんなに金にはならない。そもそも売れる気配はないが。

 

話は変わる。

 

仕事を紹介してくれるとこに面談に行った。自分の今の障害者としての状況などを聞かれて気が滅入った。

こんどはそこのだだっ広いオフィスで実習をするらしい。

オフィスを覗かさせてもらったがあんなとこで作業するのにはかなり不安がある。

こーいう人が大勢ひしめいてる空間は駄目だ。

事務職を志望するとこういうところが多いので難しい。まあ、今回実習するところは実際に応募する会社ではないのだけれど。

 

近況、以上。

近の況

近は就労支援に通いながら就活のための応募書類を書いたり、ハロワに仕事を検索しに行ったりしている。

来月は就労支援に通う頻度も少し増やすつもりだ。ここらへんは割と順調。

ただ働く前にしておきたいのは企業実習だ。未だにどんな仕事が自分には向いているのかわからない。だからそれを知るために実習をしたい。

また、実習を経て就職すると職場への定着率が高いそうだ。ならやって損は無いはずだ。そう思って実習を頼んでいるのだがやたら面接を急かされている気がしてならない。どうしよう。

就活についてだが、僕は職歴が無いので自己紹介書みたいなのを書いて自己アピールをしお茶を濁さなければならない。

何を書くべきなのか。学生時代の事なら書けそうだけど、それはもう遠い昔のことに感じる。趣味のことはどうか。これにはより具体的なエピソードがいりそうだ。創作物を売って利益を出したとか、あるいは創作の仕事を請け負ってどんな困難があってどう乗り越えたとか。そんな感じのやつ。

昔、大学の就職セミナーでセミナー講師が就活の際のアピールの例として、絵に描いたような苦学生の成功体験を話していてなんだか笑いと恥ずかしさが抑えられなかった。またそれをみんなが大真面目に聞いている空間にいるのが耐えられなかったのを覚えている。その時はセミナー講師が宇宙人に見えたが世間的には宇宙人は僕の方である。

残念ながら宇宙人の苦労話は面接向きでは無い。今からできそうな事を考えるべきではないのかと思う。なんか他人とのコミニュケーションの上に成り立つ経験みたいなのを。

まあ別にそんなこと本当にやらなくてもいいんだろうけど、宇宙人は嘘がつけないのだょ。

というわけで、おすすめ漫画コーナーに移ります。


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模造クリスタルの『ビーンク&ローサ』。

特殊な能力を持った「怪人」がいる世界。

青年ビーンクと女の子のロサは「怪人」たちの一味としてゴミ山にあるキャンピングカーで兄妹のように暮らしている。

そんな話です。

淡々とした中に暖かい心地よさがある漫画です。この二人の日常がいいんですよ。散歩に行こうとするビーンクが、お前も行くかとロサに声をかけると彼女は割と乗り気でついて行っちゃうんですね。彼女は普段冷めた感じなんだけど実はビーンクを兄としてかなり慕っているんです。その後は散歩をしながらガラクタを拾ってキャンピングカーに戻るだけなんですけどそういうシーン見てると幸せな気持ちになれます。

そう、つまり宇宙人向けの漫画というわけです。

興味のある人はキンドルでダウンロードするかネット注文したらいいんじゃないかな。そこらへんの本屋には多分無いし。

 

以上デス。

 

 

今日は暖かいですね〜2019/02/20

近況

 

就労支援には相変わらず通っています。ただ、いまだに他人と接するのが苦手なぼくはみんなで受けるブログラムには参加せず一人で個別にパソコン入力の練習をすることが多いです。29歳にもなってこれはどうなんだと情けなくなる気持ちはありますが、多分こういうのは劇的に変わるわけでもないので気にするだけ無駄でしょう。施設の人はかなり優しく接してくれています。いつでも相談してくださいねとぼくに言ってくれますが、人に思っていることを伝えるのも苦手なので僕から声をかけることはないと思います。また、施設の他の利用者にぞんざいに扱われてイライラすることもありますが、こういうのは普段の自分の態度や振る舞いが招いてることなので仕方がありません。このことがわかっていても自分を変える気はさらさらないので、これまたこういうことは悩んでも無駄なのです。

俺はこういう人間だ!というビッグダディこと林下清志氏の発言が頭によぎります。この言葉は発言する者自身の生き様によって大きくその評価を変えるものであると言えるでしょう。この言葉を信条としながら周囲の重圧や世間の常識に対抗するために彼が生きるのなら肯定的に受け入れられるはずです。しかし僕にとってこの言葉は怠惰な生き方のための言い訳にもならない呪文としかなっていないので、ぼくがこう言ってもなんの重みもありません。

っていうかよ、挨拶は大事って言うけど普通に挨拶してもちゃんと返すやついなくね?まあそれは綺麗事でもちろん普段からいかに良好な関係を築いているかってところが前提なんだろうけどさぁ。僕より年上でちゃんとした所でまあまあのポストで働いてたやつほど挨拶録に返さないよ。日本の社会は挨拶教と言っていいほど挨拶が大好きだけど結局挨拶一つじゃ何も変わらない。普段からそれなりの関係が築けていたら意味があるかもしれないけど、そうでなければ挨拶は互いの力関係の確認にしかならないんじゃないかな。

 

 

…ごめん嘘、御託並べたけどただ俺が舐められてるだけだわ。

 

 

メシ


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チーズをばら撒く。そして真ん中にくぼみを作り温泉卵をのせる。トーストすれば卵がいい感じになるかと思ったが失敗だ。冷蔵庫から出したばかりの卵にはトースターの力は及ばない。微妙に冷たくてブルブルの卵をこぼしながら食べた。

ちなみに温泉卵はお湯を沸騰させた後火を止め、冷蔵庫から出した卵を入れて11〜12分ほど置くと上手くできる。温泉卵は卵の栄養分が崩れない上、生卵よりたんぱく質の吸収がされやすい。作り置きしておくと気軽に栄養補給ができる。


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また卵食べてるこのおじさん。


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アイスココア!

コメダのこのさっぱりしたアイスが美味い。チープな植物性油脂の感じ。

完飲。ごっそさん。

85点。

 

カルディ売ってたドレッシングが美味しかった


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もへじ サラダの旨たれというやつだ。

濃厚な味わい。これはオススメです。

あと左に写ってるザーサイはかなりの大きさで120円ほどだった。中国からの輸入だろうけど味は悪くなかった。体には悪いだろうけど。

 

最近アニソンしか聴く曲が無い

という書き込みを5chで見た。僕もそうなんだよなぁ〜。アニソン以外だと最近の音楽は一部のローファイヒップホップくらい。

といってもアニソンも曲自体は良くても音圧バキバキで何回も聞こうとは思えないものばかりだ。最近ぼくは音圧(ラウドネス)にはかなり敏感なので大半の世の曲は駄目に聞こえる中2病状態だ。

ツイッターラウドネスが低めで売れた曲としてJ.ColeのATMという曲が挙げられていた。もしかしたら配信用のマスタリングなのかもしれないけど実際ユーチューブで聞いてみるとやっぱり聞いていて気持ちよい。

ラウドネスは今のバキバキより低いほうが絶対リスナーにとってはいいと思う。音が小さいと感じたりプレイヤーの前後の曲と大きさが違っても音量ボタンですぐ調整すればいいんだし。

ふぅふぅ

きんきょう

 

いい加減働かなきゃ的な状況もあり最近は就労に向けて活動している。訓練にも通い始めた。といってもすぐに就職して稼がなければならないほど切迫しているわけではないので、1年後くらいをめどに長く続けられそうな就職先を見つけられればいいな、という感じである。

家庭の事情もあって半ば仕方なくこれまでより忙しくしているのだけれど別に調子は悪くない。忙しいと時間があるから何かして楽しまなきゃとか、創作しなきゃなどという欲望というか強迫観念みたいなものが感じられなくなる。朝起きてベルトコンベアのラインに乗せられたまま自動的に自分の人生が流されていくのを眺めているみたいだ。

はっきりいってこういうのは悪くない。元気の前借りみたいに一時的に自分を奮い立たせて後々利息付きで借りを返さなきゃいけない状況が今までは多かった。だから今の方が楽。意識は抜群に低い。ほとんど死ぬのをボケっと待っている感じかもしれない。まあそれでもいいよ。しかし一生こうなのはどうか。大概みんなそう考えるだろう。僕も人並みに考えることがある。考えるふりだけど。大概答えは既に出てるいるよね、こういうのは。

 

むしょくめし

 


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ピクニック気分で河原のベンチまで行った。ノンアルコールとお菓子。ドローンを飛ばしている人を見ながら食べた。このオールフリーはかなり美味しい。普通のビールよりも。


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冷凍ピザまん。これも美味しい。2個入りで200円くらいだがコンビニのレジで売っているやつと同等のクオリティだ。食感がいいよ。ピザ部分の熱さで目が覚めるね。


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例のやつ。僕は食べたことないけど二郎というやつを模した感じのラーメンらしい。

これも美味しい。麺は柔らかい。そしてコシがない。だからガツガツいける。僕は柔らかい麺が好きだ。スープも美味しい。これが二郎なのか?多分違うのだろう。でも美味しい。

ある意味でこの商品はラーメン好きを挑発していると言える。意図的では無いとしてもそういう挑戦的な要素がある。ラーメン好きはあーだこーだと店のラーメンとこのラーメンを比較をしだすし、ラーメンに興味のない人は初めての味を新鮮に思うだろう。こういった様々な感想がネットを散らばることで、人はじゃあ一度試してみるか、となるはず。

僕みたいなラーメンは嫌いじゃないがラーメン屋という空間が大嫌いな野郎にとってはありがたい商品だ。もっとこういうの作ってくれー。

 

小室圭さんと秋篠宮家に一切の興味が無い件について

 

無い。この話題が好きな人はどんな頭なのだろうか。

誰だってこの程度の問題は抱えているもんだ。一般人なんてもっとドロドロだろうね実際。そこに魅力があるのかしら。自分だけじゃないんだ〜と小室家を見て安心するみたいな。

とにかくTV局はこの話題を即刻やめて我々の社会に有用なニュースを報道してくれと書きかけたが、もうテレビほとんど見ないからいいや。

 

作家・研究者の橋本治が亡くなったというニュース

 

僕はこの人のことを知らなかった。しかし死去のニュースがやたらツイッターで話題になっていたことでこの先生が有名な人だったのだなと知った。

あるツイートによるとこの人は、日本の伝統・文化であることを根拠にした言説に対抗するため近代以前の日本文化を調べていたらしい。主張の根拠たる伝統に反するさらに古い伝統を見つけることで、いかに論者がその主張を正当化するため歴史の一部を自分の都合良く切り取っているかを示そうとしたのだと思う。全てそのためではないだろうけど。

こういうのってたまにネットでもあることだ。例えば同性婚が日本の伝統にそぐわないとして反対する人がいた場合、日本にはかつてから同性愛を嗜む文化があったのだよ云々と反論するやつだ。

橋本治がやろうとしていた事もこれの上位版みたいなことなのだと思う。だとしたら面白いかも。どういう結論に至るのか。結局伝統に根拠を求めることがナンセンスなのは皆わかりきってやってるゲームなのだけどそれを如何にしてぶちまけるのか気になる。私、気になります!

 

 

 

漫画・ごはん・はなし


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施川ユウキ『銀河の死なない子どもたち』を読む。

め、名作だ〜。

戦争で荒廃し人類が居なくなった惑星に住むπ・マッキ・ママの3人。彼らは不老不死のため途方も無い時間を過ごしてきた。外見は人間の子供であるπとマッキは、次第に生と死について考え始める。人間とは違う生を生きながら死を知ることは無い自分たちの人生は万物が流転する世界において部外者として取り残されてしまっているのではないかという疑問…

でまあ、そこに人間の女の子がひとりやって来て一緒に生活するっていう話。


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病気になっても薬は無いので痛みを和らげるために大麻を吸う女の子。最初は煎じて飲んでいたけど途中から吸引する描写になっていた。多分病気の進行が深刻になったせいだろう。

仮に人間が死なないとする敵は孤独だ。孤独は嫌だなぁ。前も書いたかもしれないが孤独を良しとする文筆家は多い。孤独を肯定する本はいっぱい出ている。でもそういうこうことをうたってる人というのは何処か遊び半分の印象を受ける。多分彼らが言いたいのは思考やある種の決断における孤独なんだろうけど、だとすると本当に贅沢な遊びだ。

 

食べ物コーナー


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パンとタマゴ。タマゴの味が濃い。パンコーナーで売ってる大量生産のパンは不味い。だからこういうパンは一日一個しか食べることができない。


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冷凍ペペロンチーノとタマゴ。冷凍のパスタは油分が圧倒的に足りない。でもかと言って食べられないわけではないのでそのまま食べる。タマゴから食べると血糖値の上昇が穏やかになるという。だからタマゴを先に食べた。


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ソフトクリーム。見た目が良いから飾っておきたい。


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左はゼリー風のなにか。はっきり言ってこれは美味しい。でもゼリー単品がたくさん入ったパックは意外と高い。いつか買うかもしれない。

 

話がつまらないと言われると悲しくなると僕は思う。

多分会話というのは化学反応なのだろう。一方的な会話はお互いにつまらない。話し手と受け手が二人三脚で作り上げるのが面白い話なのだ、多分。

かつて50メートル走をしたとき、僕の横で一緒にスタートし走った男にこう言われた。横のやつ(僕)が遅いせいでタイムが伸びなかった、と。これはなかなかのクズ発言だが、もしかしたらそういう影響も無くはないかもしれない。

会話もこれと同じで、一方のパフォーマンスが相手に影響を与えてしまうといったことが考えられる。話がつまらない奴は相手の会話のパフォーマンスを落とし場の空気を白けさせその実力を発揮できなかった相手の自尊心をも傷つける。だからつまらない奴は嫌われる。

自分一人でやる事は大概殆どが自分の責任に帰するだろうけど、何か事を二人以上でやるときはその限りじゃない。お互いがお互いに影響を与える。もうこうなると自分は自分じゃない。歯車の一部として正確に動かなければならない。

このことから孤独は自由な分、気楽だ。走らなくても人から責められることはない。

でもいくら逃げても話がつまらない人はやっぱり人から嫌わられるだろう。その事実は変わることは無い。

よって僕は社会を恨みたいと思います。